これは、私が高校生だった頃のエピソードです。

学校が終わり、いつも通り自転車で下校していました。しかしその日は、いつと同じはずの景色が一転しました。気が付いた時にはもう景色は横向きに、私は道路に横たわっていました。

初めての事故

事故は初めてでした。私が自転車で下校中、通学路にあるある企業の駐車場から車が出庫する際に、その前の側道を走っていた私と衝突しました。一瞬何が起きたかわかりませんでしたが、幸いにも車は出庫するところだったのでスピードがなく、私も近くの信号で止まる寸前だったのでゆっくりで、大きな事故にはなりませんでした。衝突直後倒れてしまいましたが、すぐに起き上がることができ、その後の対応が可能でした。また軽傷で足首を痛めただけだったので、自分で動くこともできました。自転車を隅に運び、親に連絡して迎えに来てもらいました。すぐに相手の方が警察を呼んでくださって、その場で話をすることができ大きな問題にはならず、すぐに対応していただきました。正直事故を起こしてしまったというとこに対して動揺は大きかったのですが、相手の方も加害者ではありますが心優しい方でしたし、両方の不注意ではあるので穏便におさまりました。ただこちらだけが怪我をしてしまったため、相手の方はとても心配していました。事故後もお金などの関係で加害者の方と連絡をとったりしました。事故というとなんとなく喧嘩が始まりそうな感じもしますが、そうでもないみたいです。両方の気持ち次第なんだと感じました。その後は、怪我との戦いでした。軽傷で済んだものの、今までの生活とは一変しました。

怪我が響いた学生生活

事故でおった怪我の治療のために、整形外科に通うことになりました。整形外科は初めてで、慣れない病院でしたが、家の近くの見慣れたところに行きました。とはいっても、検査や診察をしてもらい、固定するための板やテーピングや包帯をもらい、痛みを和らげるための痛み止めと塗り薬と湿布をもらうだけでした。立っているだけなら大丈夫でしたが、やはり力を入れると痛みがあり、登下校は送り迎えをしてもらい、部活は見学しました。そのため、まず部活ではチームメイトに後れをとりました。ソフトボールをやっていたのですが、ポジション争いに負け、スタメンから落ちました。また自由が利かないので遊ぶことも減り、そのため友達も少なかったです。大した怪我ではなかったものの、明らかに生活が変わりました。怪我が原因とはいえ、何もできない自分に嫌気がさし、軽度のうつ症状も出ました。そのころから部屋に引きこもることも多くなったと思います。事故は、身体だけでなく心まで痛めてしまうものなのだと痛感しました。怪我の完治には1年以上かかりました。1年生の後半に事故があったので、3年生になるくらいまでそんな生活でした。また怪我が治ったあとも、心のほうはなかなか良くならず、今思えば高校生活は事故に奪われてしまったと言っても過言ではありません。とにかく、辛かったです。今思えば、慰謝料はきちんともらうべきでした。当時は怪我の治療費と通院費用をもらうだけでしたが、交通事故にも精神的ショックの慰謝料があるようです(参考:交通事故に遭ったら……正しく押さえておきたい「損害賠償請求」のこと)。楽しかった高校生活は戻ってきません。交通事故はそれぐらい人生を大きく変えてしまうものだと私は思っています。

投稿日:2017年12月5日 更新日:

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